クルマは人類の自由のシンボル
自然への回帰願望をもち、自然の保全を願う気持ちを多くの人たちがもつのは当然のことであり、何の不思議もありません。
鉄とコンクリートとガラスの箱に閉じ込められて日々を過ごし、人間関係の複雑な軋櫟の渦のなかでストレスを募らせている毎日であれば、何も遮ることなく水平線まで見える海が無性に恋しくなるはずです。
木漏れ日を浴び、爽やかな風と鳥のさえずりの中に漂うことを夢見るのは当たり前のことなのです。
・・・しかし、現代の人間にとって、そんな願望はあくまでも強い非日常性の下に捕らえられているものであり、また非日常性が強いからこそ願望もより強くなるのではないかと私は考えるときがあります。
言いかえれば、都市に住む人たちは、文明の利器や中古車情報などの情報に取り囲まれて日々を過ごしているからこそ・・・
ときに不便と不自由を味わいたくなるのでしょうし、それを快感として楽しむことができるのではないかということです。
都市に住むことによって生じる様々なストレスも、都市で生まれ育った人間にとってはある種の高揚感をもたらす覚醒剤的な役割を果たしています。
それを切らすと情緒不安定になり、精神に萎縮をもたらしてしまうことさえ多々あるはずです。
・・・むろん個々に差はあれ、人間とはそんな動物だと私は常々考えています。