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2011年09月 アーカイブ

クルマを否定できるか

自然に憧れながらも、本能的には自然の心地好さを求めながらも・・・


いったん都市の生活に馴染んだ人間は、狼雑さや種々の危険、無数のストレスの要素をはらんでいることを百も承知しながら、文明の利器に埋まった都市から離れることはできなくなっているのです。


・・・そんな人たちの手足になっているのはむろんクルマです。


クルマがあるからこそ、こうしたニ重生活は成り立つのです。


中古車情報の多い都市と田舎、文明と自然の間を自由に行き来するという大きな贅沢が可能になっているのです。


・・・とにかく、クルマは人間の生活圏を大きく拡げ、人間の欲望を懐深く包み込んできました。


昔は基本的には徒歩圏内にしか生活圏は築けなかったのです。


自分の足で届く範囲の中で一生を過ごした人は多かったのです。


馬を使うようになってからも、自ずと行動範囲は限られていました。


・・・しかし、クルマはその半径を無限に拡げました。

"手放せない存在"になった車

自由に遠くまで、しかも速く動きたいという人間の欲望を高度に叶えました。


・・・この欲望は、原始の時代から現代まで基本的に変わってはいません。


なぜなら、自由に使える大きなエネルギーを手にしたいという欲望は、動物としての本能にまで根ざすものだからです。


だからこそ、大きな危険をはらんでいることは十分承知しながらも、人々はクルマを否定することはできなかったし、逆にわれ先に飛びついていったのです。


文明というものが、ひたすら自由と利便性を追うものだとすれば・・・


中古車情報の氾濫やクルマは、まさに文明の象徴というべきものなのです。


そして、あまりにも人間にとって魅力的な道具であったがゆえに、自動車産業は巨大化し、怪物化し・・・


今や国家の盛衰にまで大きく力を及ぼす存在にまでなってしまいました。


社会構造にしてもクルマが背骨になっている部分は多いですね。


・・・そんなわけで、例え大きな負担を強いられようとも、わたしたちにとってクルマはもう手放せない存在になってしまっているのです。


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