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2011年12月 アーカイブ

日本の自動車産業の国際化


第六点としては、これはすでに述べてきたところでもありますが、素材メーカーや部品メーカーを含めた集団的総合力の重要性を指摘したことがあげられます。


これに関連して第七点として活力ある中小企業や関連素材産業や、先端技術産業を包含するダイナミックな経済システムの存在が自動車産業の発展に不可欠であることを示したこと・・・


これもあげておかねばならないでしょう。


このような「日本の挑戦」が戦後の経過の中で歴史的につみ重ねられていくと、日本の自動車産業の国際競争力は強化され、日本車の国際商品性は高まり・・・


これによって輸出が急速に拡大しましたが、これが日本の自動車産業の国際化の始まりだったといってよいでしょう。


もともと自動車産業は国際性の強い産業です。


技術一つをとってみても、大量生産方式の生産システムにしても部品の生産システムにしても、自動車の設計技術からデザイン技術に至るまで国際的な技術の交流と移転の歴史がみられます。


また、日産 中古車など自動車に商品としての国際性があることは、全世界で生産されている約4000万台近い車のうち3台に1台以上が輸出されていることでも歴然としています。

国際化の新しい展開


自動車産業の国際性がこのように強いことは、事業展開の面でも海外生産による多国籍化が欧米メーカーによって早くから行われたことにもあらわれています。


しかしながら自動車産業がいっきょに一足とびに国際化した事業展開をなしうるわけではなく・・・


欧米メーカーの先例をみても、まず国際商品としての地位をその生産する自動車について確立し、それを足がかりにして多国籍化しているのです。


ただ欧米の場合に比べて日本の場合、その国際商品としての声価を高めるまでの期間が極めて短かった上に、多国籍化へ踏み出すまでのタイム・ラグも非常に小さいという特徴があるのですが・・・


これを可能にしたものこそ、「日本の挑戦」だったといえるでしょう。


さて国際商品力を定着させることが日本の自動車産業の国際化の最初のステップだったとすると、中古車の情報の多い現在展開しつつある現地生産や合弁生産や共同生産などの動き・・・


これは、文字通りの国際化の新しい展開だということができます。


しかしこの新しい展開を見せた国際化は、日本の自動車産業の余りにも急速な国際競争力の向上。


そして、デトロイトの地盤沈下や欧州自動車産業の停滞による貿易摩擦の表面化によってもたらされたものです。


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